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執筆者の写真直樹 冨田

「最高のコーチは、教えない」(吉井理人著 ディスカバー携書)

 著者は「令和の怪物」といわれるロッテの佐々木朗希投手が入団した時のロッテのピッチングコーチで、佐々木投手を最初の1年間は2軍ですらも投げさせないで、ひたすら体力づくりと体の管理方法を習得させる方針を作りました。現役時代は日米で活躍し、その共通点と差異も経験。さらにコーチになってから「自分の経験を理論で理解したうえで、言葉で説明できるようになりたい」と筑波大学大学院に入学して修士号を取得しました。こうした経歴を持つ人が書いた本が「最高のコーチは教えない」。日本のプロ野球選手相手に一体どんな指導をしているのでしょうか。

 日本のプロ野球で現役として活躍していた時代、自分の尺度で(上から目線で)指導するコーチを嫌っていて「コーチは最低の職業やな」と思っていた著者は、大リーグのニューヨークメッツに移ってすぐ、ピッチングコーチからこう言われて驚きます。「お前以上にお前のことを知っているのは、このチームにはいない。だから、お前のピッチングについて、俺に教えてくれ。そのうえで、どうしていくのがベストの選択かは、話し合いながら決めていこう」。このコーチの姿勢が「大リーグでもやれる」と感じ、さらにコーチ業に対する見方を変えたターニングポイントになったようです。現役を引退して日本ハムでピッチングコーチになり、「これでええんかいな?」と迷いながらコーチをしつつ、それでも1年目はAクラス(3位)、2年目はリーグ優勝という結果を出しました。しかし内心「これは自分の力ではない」と冷静に自分を客観視していました。「絶対的な存在として弟子に技術や心構えを伝承する」師匠のようなコーチを嫌う著者は、試行錯誤を重ねます。例えば、登板しない投手たちに試合を注意深く見させて、試合後に新聞記者になったつもりで試合に登板した投手に投球内容について事細かに質問させる。登板した投手はそれに答える。こうして選手たちだけで試合を振り返り、気づきを得るという手法。「先輩は後輩に痛いところを指摘されると嫌な気分になる。そこで先輩に配慮すると成長のチャンスはついえる。腹が立っても、あえて冷静に振り返って答えてほしかった。その冷静で的確な分析と反省が、次の投球につながるから」。

 この本は一貫して「選手が自分で考え、課題を設定し、自分自身で能力を高められるように導く」コーチ業についての体験(とその理論)が書かれています。それに加えて、もう1つおもしろいのは、コーチの目でみた選手のエピソード的な評価です。例えば、コーチからのアドバイスを頭で理解して、それを完璧に身体コントロールに実現できる選手は「ダルビッシュ投手のほかに見たことがない」と言います。「ダルビッシュ投手は振り返りがしっかりできる選手」「野球に関する興味、好奇心が人並外れている。あれだけ実力があるのに、少年のようにまだうまくなりたいと思っている」。だからメジャーでも、あれだけの活躍ができるのですね(ちなみに、著者が日本ハムのピッチングコーチを辞めたのは2011年、大谷選手が入団したのは2011年秋で翌年から活躍しました)。ピアニストのブレンデルやポリーニは自分を深め、自己改革をするためにしばらく舞台から遠ざかりましたが、スポーツ選手は試合に出ながら絶えず自己を高めていかなくてはなりません。どちらも超厳しい世界です。

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