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執筆者の写真直樹 冨田

「マイ・ストーリー」(ミッシェル・オバマ著 集英社)

更新日:2022年8月16日

最初は英語版(Original版?)で読んだのですが、私の貧弱な英語力では60~70%程度しか理解できませんでした。しかし、その60、70%でもとても面白く、さらに100%理解したいと思って日本語訳を読んでみました。英語版のタイトルは“Becoming”。このタイトルを見て、ファーストレディになるまでとファーストレディになって成長した自分、そしてそこで見たり経験したりした世界について書いた本だろうと想像したのですが、著者が伝えたかったことはそうではありませんでした。回想録なのに、タイトルが~ing形であることを見落としていたのです。

 ミッシェル(ここではこう呼びます)は小さい頃から強い上昇志向を持った子どもでした。ギャングの抗争や殺人事件などが頻発するシカゴのサウス・サイドという荒廃した貧民街で生まれ、低学歴の両親(父親は体に障がいをもっている)、狭苦しい家という「私のバックグランドでは、必死に努力するほかにできることはなかった」。そんな環境の中、両親は二人の子ども(お兄さんとミッシェル)を愛情と共に信頼をもって育ててくれました。お兄さんについてですが、それ(=両親からの信頼)をうかがわせるこんなエピソードがあります。中2のお兄さんが好きな女の子から家に来ないかと含みのある誘いを受けました。両親がいないから2人きりになれると強調されたそうです。お兄さんは迷った末に、お母さんに「公園で会う」と半分嘘をついて報告しました。しかし嘘をついた罪悪感から本当のことを話すと、お母さんは肩をすくめ「一番いいと思うやり方でどうにかしなさい」と言っただけで、そのまま家事を続けたそうです。

 周りから秀でることをひたすら目指したミッシェルは少しレベルの高い高校でもトップの成績を得、そこからプリンストン大学、さらにハーバード大学ロースクールに進みました。そして400人以上の弁護士を抱える地元のシドリ―&オースティン法律事務所に弁護士として就職。それから数年(?)で年収は12万ドルになりました。世間体と収入の面で順風満帆。手に入れた仕事に「山を登り切った」と思ったのですが、同じハーバード大学ロースクールから夏の学生インターンとしてきた未来の夫、バラクに会い、付き合うようになってから、本当に自分がしたいことを悩みながら模索し始めます。ミッシェルの周りにいる同僚の弁護士たちは社会の中で成功することに必死で、新しい車を買い、マンションの購入を検討し、仕事後にマティーニを飲みながらそんな話をするのが好きでした。ところが、未来の夫は都市の住宅政策の本を読みながら一人で夜を過ごす性格でした。コミュニティ・オーガナイザーをしていた時は、何か月にもわたって貧しい人々が語る苦労話に耳を傾けていたのです。ある時ミッシェルは、学校の荒廃やドラッグ取引の横行など次から次へとダメージを被っている地域の黒人教会でバラクがコミュニティ・オーガナイザーとして1回だけ住民に話をするというので、彼について行きました。「都市部のコミュニティ振興に取り組む上で一番大きな壁は、人々の中に、特に黒人の中に深く根差している無気力」だと考えるバラクは、その場から抜け出るのではなく、その場を自らの力で解放しなければならないと話し、最初は不信感を持っていた住民が「うん、うん」「そのとおり!」などと反応するようになるのを目の当たりにしました。このようなバラクの仕事振りを見たり、彼と様々な話をしたりしているうちに、だんだん弁護士の仕事が虚しくなってきました。しかし、毎月600ドルの学生ローンの返済、400ドルの車のローン返済などを考えると、今の仕事の方向転換をすることは容易ではありませんでした。父もミッシェルの成功を喜び、誇りに思っています(母に転職の悩みを相談すると、母はくすりと笑って「私に言わせるなら、幸せについてくよくよ考えるのは、お金を稼いでからよ」と言われました)。数年間、自分の仕事に意義があるのか、無理やり感じているように思えるやりがいは本当に自分の求めるものなのかと悩み、葛藤し続け、ついに地域貢献の仕事に方向転換を決意します(年収は半分に)。ファーストレディになってからはキャリアをあきらめることなく挑戦的で自立した女性になりたいと思う一方で、妻や二人の娘の母親としての安定的な役割にも惹かれ、この間でも葛藤しつつ魅力的な(健康増進や人を育てる)プロジェクトを次々に立ち上げます。それも紹介したいところですが、紙幅が尽きてきたので省きます(残念!どれもとても魅力的なプロジェクトです)。

 超エリート大学を出たミッシェルは会議や取締役会、VIPとの懇談の場などで唯一の女性という場面にしばしば直面しました(黒人の女性という点であれば、なおさら)。それ故か、自分の能力を超えていると思える舞台に足を踏み入れるとき、女性でしかも黒人であるという点から「自分は(それにふさわしい)十分な人間か(Am I good enough?)」という問いが頭をもたげます。圧倒的な白人社会であるプリンストン大学に入った時も、黒人の主として初めてホワイトハウスに入った時も。この本は、ファーストレディになる前もなってからも、それを乗り越える戦いを続けてきた、とても強い自我を持った女性の物語です。「私にとって、何かになる(=becoming)ということはどこかにたどりつくことでも、目標を達成することでもない。それは前進する行為であり、進化の手段であり、よりよい自分になろうと歩みつづけることだ。その旅に終わりない」ーーだから、ファーストレディを終えて書いた回想録のタイトルが~ing形なんですね。

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